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「バスに乗る」館長のブログ160

日常でバスを利用する機会は滅多にない。自宅の最寄りにはバス停があるが、一時間に一本では実用性に乏しい。車に乗らなくなったらお世話になるのだろうか。バスの車体も以前に比べればコンパクトになった。

それでも基幹路線はそれなりに利用者もいて、活気がある。伊勢を訪れる旅行客にとってバスは重要な交通手段で、年末年始、伊勢市駅前あるいは宇治山田駅前から外宮と内宮を結ぶ路線は車列の途切れることがない。外宮と内宮の間は5.5キロ。一時間少々で歩けるが、参拝客の大半はバスを利用するようだ。

休日、思い立ってバスに乗ってみることにした。車での通勤時に外宮と内宮を結ぶ御幸道路で出会う「神都バス」と「神都ライナー」が前から気になっていたが、乗車する必要性がない。だったらそれ自体を目的にして乗れば良いわけだ。

「神都バス」はかつて伊勢市内を走っていた路面電車を再現したバスである。明治36年に山田(伊勢市駅前)と二見を結ぶ路線として開業した路面電車「神都線」は「山田のチンチン電車」と呼ばれ、市民はもとより参宮客に親しまれてきたが、昭和36年に廃線となった。その電車のデザインをバスに写したのが「神都バス」で、平成25年の第62回神宮式年遷宮に合わせてデビュー、伊勢市内の幹線道路上で異彩を放つことになった。

路面電車の丸い屋根と集電のポールを備えたボディはクリームとグリーンの塗分け。車体下部には電車の床下機器が描かれている。運転席側はバスの顔だが、後部には三枚窓を再現、往年の姿を知るものにとって懐かしい電車の表情だ。内装も往時の雰囲気を再現しており、座席のモケット張り、木製の内張に真鍮の握り棒など細部にこだわっている。

三重交通の時刻表を確認すると午前中の伊勢市駅前からは2便だけで、後発の9時17分に乗ることにする。この時間帯だと遠来の方にはハードルが高いかも知れない。

定時に発車。乗客は15人程。レトロな内外装だが実態は現代のバスなので乗り心地は申し分ない。座席は横向きで、向かいの車窓越しに景色が流れてゆく。外宮前を過ぎて御幸道路に入る。普段見慣れた街並みだが、視点が高いので遠くまで見通せて、違った風景が浮かび上がる。こんなに良い眺めだったのかとちょっと感心。御幸道路の開通は明治43年で、大正7年から昭和27年までは国道1号線に昇格していた経緯がある。当初は寂しい道だったので御木本幸吉が沿線の両側に桜と楓、切通しの斜面につつじと萩の植栽を申し出て、春秋に色どりを添えることになった。この話は伊勢市民の常識だったが、今はどうだろう。

30分ほどで内宮前到着。次に乗車する「神都ライナー」は10時24分発なので30分ほど時間がある。この日は冬至。朝方の雨が上がり、宇治橋の上空から日の光が降り注ぐ好天となった。賑わうおはらい町も平日の10時台に人影は多くない。世古を通って五十鈴川の河畔に出る。対岸の大きな木が枝の先にいくつも丸い影を作っている。観光客と思しき二人連れがそれを訝しげに眺めているので、つい、あれはヤドリギ、と口走ってしまった。余計なお世話だな。

バス停に戻って、待機中の「神都ライナー」を見る。こちらは令和2年12月から運行を開始、ちょうど二周年を迎えた。いすゞのエルガデュオは全長18メートル、前半の車体に4輪、後方にエンジンを備える2輪の車体を繋いだハイブリッド連節バスだ。乗車定員は113名で多客時には威力を発揮する。三重交通は昭和24年に大型の150人乗りトレーラーバスを導入した歴史があり、「神都ライナー」はその再現か。連節部分は路面電車のようで、もしも神都線が存続していたらこういう車両に発展したことだろう。車室には向かい合わせの座席もあり、観光の気分を高めてくれる。低床式車両なので外の景色は往路の「神都バス」とはまた違って見える。

そうして冬至の日の午前中は短いバスの旅で楽しんだ。往復で880円也。おはらい町で瓶入りの温かい牛乳を飲み、冬至のかぼちゃ饅頭を土産に下げて帰宅した。

午後は年賀状を書くことにしようか。


松月清郎

2022年12月25日

写真

① 「神都バス」の前方は普通のバスの顔

② 後方は路面電車の表情

③ 神都線の路面電車 写真提供:伊勢市 中野本一氏

④ 内宮前の「神都ライナー」

⑤ 手塚治虫のキャラクターでラッピング

⑥ 宇治山田駅前のトレーラーバス 写真提供:伊勢市 中野本一氏


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