「働く女性たち」館長のブログ190
- Blue East
- 10月29日
- 読了時間: 5分
真珠業界で働く女性を取り上げた小説をご紹介しよう。夜長のこの頃、図書館で探してみてはいかがだろうか。まずちょっと古いところから昭和39年から41年まで雑誌「女学生の友」に連載された平岩弓枝の『若い真珠』を。
ヒロインは比較的恵まれた家庭環境で明るく屈託がなく育ってきた。一方、対するアンチヒロインは複雑な生い立ちで、性格にややかげりがある。逆境に負けないガッツはあるが、ヒロインの恵まれた境遇にコンプレックスと反感を抱いている。彼女たちの交遊を巡って互いの行き違いが引き起こした事件は周囲を巻き込み、クライマックスが導かれるが、最後に二人は理解しあい、大団円で終わる。
これはジュニア小説の約束事で、若い読者は登場人物それぞれに自分自身を重ねながら読み進めるうちに、社会のルールや友情の涵養、道徳規範などを学ぶことができた。反感も共感も予定調和する安心感は独特の味わいで、ファンも多かったことだろう。
ヒロイン奈知子は14歳の中学生。アンチヒロインの久美は同じ年代に設定されているが、学校に行っている様子はない。これから実社会に出てゆく読者のために、いくつかの職業が取り上げられる。奈知子の父親が映画のシナリオライター、ボーイフレンドの次郎は高校生で、デパートの販売員やホテルマンのアルバイトを経験、奈知子までが年末のデパートでバイトをする。そして久美は都心ホテルの地下アーケードに新しく出来た真珠店で働く設定だ。
昭和30年代の養殖真珠は輸出の花形として外貨獲得に大きな役割を果たしていた。久美を真珠店に勤務させたのは、表題の「若い真珠」に着地するためでもあるが、この当時、真珠に向けられた人々の関心は高く、その世界で働くことが若い女性にとって憧れだったからだろう。実際に真珠の装身具で身を飾れるクラスはまだ限定的だった時代の話だ。
久美は銀座の真珠店に入社後、短期間でネックレスの組み方を覚え、新規開店したアーケード店に派遣された。当時の真珠ネックレスは絹糸を使用していたために経年劣化が早く、数年おきに糸の通し替えが必要だった。修理に持ち込まれたフランス人客のネックレスを、久美が店を訪れた奈知子のハンドバッグに忍び込ませて窃盗の濡れ衣を着せるあたりから事件が始まる。
ストーリーは東京を中心に展開、京都、神戸に移動し、さらに箱根、河口湖、那須高原と各地を巡る舞台設定もお約束の通り。表題の「若い真珠」は那須でなだれに襲われた奈知子と久美が救出されたあとの最終シーンで、ふたりや友人たちを「真珠貝から生まれたてのような若い真珠」のように、いきいきとした生命力を持つと形容する箇所に結びつく。奈知子の父親が真珠ネックレスを組む少女を撮影するため、鳥羽にロケハンに行く場面など、生産地への目配りも怠らない。
昭和40年代、「真珠」が屈託のない若々しさをあらわすのに、ひときわ有効だったことを記憶させてくれる一作。
続いて平成一桁年代。玉岡かおるの「ブラック・パール」(初出「小説新潮」1995年)を読んでみよう。この短編の舞台はパールシティ神戸。中堅の真珠会社に勤務する樹見子は会長の孫と婚約中で、来月には挙式の予定だ。同じ会社で働く妹の紅美子は、忍耐強く優しくて美しい姉ほど白い花嫁衣裳が似合う女性はいないと思っている。事故がもとで足に軽い障害がある紅美子は優れた姉と常に比較され、そのことは彼女の心に暗い影を落としていた。
姉妹の両親はその真珠会社の下請け工場を運営していたが交通事故で亡くなり、葬儀に訪れた会長の目に留まって樹見子は入社することができたのだった。同社を一代で築き上げた会長は老齢で、肉体は衰え、認知機能にも障害が出て、山の上の屋敷で車椅子生活を送っている。樹見子は時おり会長から呼ばれ、そちらに出勤することがある。
このあと、妹の紅美子は山の屋敷で姉が会長に身を委ねる場面を目撃することになる。樹見子は会長の欲望を満たす役割を受け持つことで、さまざまな恩典に浴してきた。それは「時間を重ねれば重ねるだけ価値を増す真珠」で、彼女は心を閉ざして貝になり、義務を果たしてきたのだ。
小道具として母親の遺品だった黒真珠のネックレスが使われ、それが表題となっている。やがて結婚した樹見子から、会長の相手を引き継ぐことになった妹の紅美子は、姉以上の野望を秘めて、その黒真珠で飾った白い胸を会長の前にはだけるのだった。
劣等感が起爆剤となって本性が目覚めたというべきなのか。姉が会長の望みを受け入れたのは、妹との生活を安定させたいという責任感があったからだが、こちらは自分の欲望全開だ。リビドーだけが残った老人を手玉に取ろうとする紅美子の姿が怖い。
最後は平成20年代。村山由佳の『ありふれた愛じゃない』(初出「週刊文春」2012年~13年)は銀座の老舗真珠店に勤める女性の恋愛遍歴を描いた小説。主な舞台はタヒチで、黒真珠の買い付けという仕事上の必然性があり、無理のない設定だ。加えて、この真奈という女性が勤める店の社長と女性上司、それに社長夫人の人物造形が絶妙で笑える。
アラサー(もう死語か)の真奈は年下の男と半同棲しているが、昔の男のことが時おり脳裏をよぎる。ところが、黒真珠の買い付けで訪れたタヒチでその男と再会してしまい、関係が再燃する。揺れ動く真奈の心。ふたりを巡る脇役の活躍と美しいタヒチの風景描写で一気に流せるエンターテインメント。
時代を反映した三者三様の真珠の取り上げ方の違いを味わってみてはいかがだろう。
2025年10月29日
松月清郎
写真① 平岩弓枝『若い真珠』集英社コバルトブックス1966年
写真② 同 文春文庫2001年
写真③ 玉岡かおる『黒真珠』新潮社 1999年
写真④ 村山由佳『ありふれた愛じゃない』文春文庫 2016年







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