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夢殿 館長ブログ157


「夢殿」全体の姿

 前回取り上げた「地球儀」は1993年に御木本真珠発明100周年を迎える、いわばプロローグとして1990年に誕生したが、記念事業の中心に位置づけられたのが美術工芸品「夢殿」の制作だった。いうまでもないが着想は法隆寺東院の八角仏殿で、工芸品としては大正年間に制作した「御木本五重塔」との繋がりでこの建築物に着目、決定したのは1991年11月のことだった。「地球儀」完成から一年余り。周年への機運が高まっていたこの時、グループ各社内で従業員からアイディアを募集したように記憶している。

 デザインは「地球儀」と同じ株式会社ミキモトの染谷聡之さん。法隆寺夢殿のかたちを踏まえているが、各所に色々な仕掛けが施されており、単なるスケールモデルではない。「地球儀」とは違った面でのミキモト装身具の技量を結集させた、見どころの多い作品といえる。

 前作の「地球儀」は鍛金、鋳金といった金工の技を多用したが、今回は木工をベースとして漆、貝の加飾を用いることにした。それに真珠をふんだんに用いて養殖真珠ならではの均整の取れた美しさを実現する。そうすることで五重塔を制作した御木本幸吉の夢を継承、斯業の発展、さらには世界平和の願いが理念としてうたわれた。

各部分を見て行こう。



宝形(ほうぎょう)

 屋根の頂きに宝形飾りが置かれている。これは宝瓶を中心に天蓋、宝珠、光明の各部から成っている。実際の夢殿の光明部分は光芒の形状だが、ここでは五重塔と同じ水煙型を採用した。先端に52個のダイヤモンドが輝きを放っている。八角形の天蓋の上には真珠の花実、下部に風鐸を配した。頂点は13.4ミリ×13.2ミリのシロチョウガイ真珠。実はこの宝形は回転する仕掛けが組み込まれているが、現在は停止している。







鬼瓦と軒瓦と棟瓦

 屋根はクロチョウガイの貝殻を切断して作った瓦にアコヤガイ真珠を並べた。2912個の真珠はすべて金属のピンを瓦に通して留めている。棟瓦は18金。軒瓦は18金にダイヤモンド。眼にルビーをはめた鬼瓦は上下ふたつの表情を持って、辺りを威嚇する。





三ッ斗組 大斗の上に肘木を置き、その上に斗(ます)を三つ置く

 屋根裏は漆仕上げの三ッ斗組物による二重垂木で、リアルな細工は見どころの一つ。











古代朱漆仕上げの胴 南面扉の上に銅鑼、壁には彫金で飛天の姿が

 八角の胴部は古代朱色の漆仕上げ。南面の扉のみ開閉できる。18金の壁面には法隆寺金堂の内陣に見られる飛天像を彫金で表した。それぞれ笛、琵琶、琴、竪琴を持つ。内側に緑色の漆を引いた連子窓も18金で、正面軒先にエメラルドをはめた銅鑼が下がる。内陣はすべての面をシロチョウガイの板で仕上げ、中央に長径28.45ミリのシロチョウガイ真珠が鎮座する。制作当初はここに「ビッグパール」と命名された直径およそ40ミリのシロチョウガイ真珠を納めていたが、今は一階の展示室に移し、単独で展示している。

 艶やかなシロチョウガイで仕上げた二重基壇の側面上部には線象嵌と真珠で星宿を表現した。これは高松塚古墳の図をもとにしたもので四面それぞれに四季の星座が置かれている。金属を埋め込む象嵌は「地球儀」でシャフトの金属部分に用いられたが、今回は貝への象嵌(ピケ技法)を試みた。

 全体の貝細工は枚方在住の工芸作家水田博幸(号:晃玄)さんの手になるもので、熟練の技の結晶といえる。水田さんは歌川広重の「東海道五十三次」をもとに大阪京橋までの「東海道五十七次」を貝細工で完成させた名人だが、すでに鬼籍に入られた。初代は「五重塔」や「ワシントン生家」を手がけ、代々にわたって御木本の工芸品制作を支えた功績は大きい。


台座の四方神

 アコヤガイ真珠6260個を敷き詰めた黒漆仕上げの台座。その側面四方に青龍、朱雀、白虎、玄武の四方神が22金の州浜形の中に打ち出し、彫金、そして金銷の各技法で表されている。これら四方神は薬師寺金堂の薬師如来台座の姿を参考にした。






干支十二神像

 基壇上部、黒漆の欄干の内側に並ぶのは干支十二神像。姿は僧形だが頭は十二支の動物で、染谷さんは「異様なユニークさ」を狙ったという。胸には宝珠として誕生石を抱えている。誕生石は20世紀初めにアメリカで制定されたのだろう、などと野暮なことはいわず、ご自身の守り神を探されるのが宜しいかと。

 屋根瓦や基壇に見られる貝細工の精緻、そして真珠が放つ華麗な輝きだけで充分に楽しめるが、実は日本古来の代表的な美の要素が随所に用いられており、奥深さを秘めた工芸品ということができる。「地球儀」と双璧を成す。

2022年10月1日

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