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アドベント 館長ブログ147

 島は施設メンテナンスのため年末に三日間の休業日を設けていて、今年は14日から16日が三連休に当たる。整備担当者には忙しい三日間だが、多くの従業員にとっては得難い連休で、友人と語らって旅行に出るものも多い。前後に有給休暇を取って少し長い休みにすれば海外だって行ける。

ドイツ博物館前でツアーを待つ児童たち

 ずいぶん前、この休みを利用してミュンヘンとウィーンを訪ねたことがある。来日したミュンヘン在住の宝飾作家オットー・クンツリ氏の誘いを受けての旅だった。氏にしてみれば真珠島でのもてなしに対する社交辞令だったかもしれないが、その頃は真に受けて、本当に出かけてしまうほどの行動力があったのだな。

市庁舎前のクリスマス・マーケット

 ロンドン経由でミュンヘンに到着したのは12月11日の午後3時。空港からSバーンに乗り、中央駅に着く頃に町は夜の闇。案内所で紹介を受け、ホテル・ブリストルなる安宿にわらじを脱いだ。宿も決めずに行くなど我ながら大胆なことだ。今ではとても。

ホットワインの屋台で一杯

 

猪の石像がシルエットに。狩猟博物館

 次の朝、ホテルを出て路面電車に乗り、ドイツ博物館。町の輪郭を知るには博物館以上の施設はないが、ゆっくり見ていると一日を費やすことになる。ここは科学博物館でさまざまな実験装置やメッサーシュミットMe262やドルニエ飛行艇の展示に感心した後、市街へ。この時期はキリスト教のアドベント(待降節)にあたる。キリスト生誕へのカウントダウンで、聖夜を待ち望む、心躍る四週間だ。早くも日の落ちかかるマリエン広場のミュンヘン市庁舎前には様々な用品を売る露店が並ぶ。もみの木、ヤドリギ、色とりどりのろうそくにモール飾りにミニチュアの人形などが電球に照らされる。人々の顔が赤く輝いているのはホットワインのせいか。そこから、入口で猪の石像が迎える狩猟博物館に入り、カワシンジュガイの標本や包帯で巻かれた聖遺物などを見学。これはさる聖者の脛骨の由で、真珠飾りが付いているが薄気味が悪い。その晩はバイエルン劇場でチョン・キョンファ。一番安い11マルク(約700円)の立ち席で、神がかりの演奏を堪能して帰館する。

狩猟博物館で。カワシンジュガイと聖遺物

 翌日は考古学博物館、レンバッハ・ハウス、ノイエ・ピナコテークを駆け巡り、マックス・ヨーゼフ広場のレジデンツ博物館。目玉の「聖ジョージと竜」を見上げ、お目当ては「プファルツ選帝侯の真珠」。美しい水滴型の頭から四分の一が黒く、残りは普通の真珠という珍品で、蛇が支えるかたちのオブジェになっている。どういうわけでこうなったのか、ケース越しに凝視したところでわかるわけはないのだが、図版ではなく、実物を見たという事実が大切だ。この博物館の二階奥には昨日狩猟博物館で見た聖遺物がいくつも展示されていて、脛骨どころか頭蓋骨に装飾を施したものまである。ひと気のない展示室で感じた冷気は冬の寒さだけではなかったようだ。その夜はクンツリ氏が運営する工芸学校に招かれ、学生たちに紹介された後、夕食はお約束のソーセージ。山盛りポテトとザワークラウトとともに大皿で供される。仔牛の肉で作った白くて太いのに甘辛いマスタードをつけて嚙み切れば脂が弾け飛び散って、顔に白い斑点を作り、一座は笑い声に包まれる。居心地の良いビヤホールでビールと白ワインをどれだけ飲んだか、帰館は12時。

ホテルの窓からウィーンの夜景

 翌朝は冷たい雨。ミュンヘンを出てニュルンベルク行きの各駅停車。レーゲンスブルクでEC特急ヨハン・シュトラウス号に乗り換えてパッサウで下車する昼頃に空は晴れた。人口3万人ほどの小さな町だがドナウ川とイン川、イルツ川の合流地で古くから栄え、なにより天然真珠の集散地として書物に紹介されている。というわけで途中下車して博物館を探そうとしたが、駅から歩ける範囲にはそれらしき施設はない。川面には背の低い遊覧船が係留され、岸辺のカフェもパラソルを下ろしている。シーズンの賑わいは去って今は静寂の中。街路は美しい石畳。飾り窓に品々を並べた店が続き、年配者が淡い日差しのなかを散策する。町にも年齢があるとすれば、ここは黄昏というべきか。

2時44分発のECフランツ・リスト号に乗り、ウィーン西駅に到着。インフォメーションで紹介された宿に入り、旅装を解いてシュテファン広場に立ったのは夜の8時。イルミネーションに飾られたケルントナー通り。外套に身に包んだ男女が入口扉を閉じた商店の飾り窓を覗きながら行き来する。街角の男が奏でるアルトサックスの艶やかな響きの他に物音はなく。仰げば中天の月。大聖堂がシルエットとなって浮かぶ。

路面電車で市内はどこでも行ける

 そして次の日はウィーン観光。守護聖人にお参りをしてから美術史博物館に向かう。本館は後に、まずシャッツカマーと称される宝物館。ルドルフ二世の宝冠や巨大なエメラルドの壺など、図版でお馴染みの名品が所狭しと並ぶ。本館の工芸室は運悪く閉鎖中だったが、チェリーニ作の塩胡椒入れ「サリエラ」はケースの中。本館には我が同胞も団体で見学に訪れていて、朝日旅行の老婦人に「サリエラ」の説明を求められる。昼食の暇なく、午後の日差しが陰りを見せる頃にカフェで一休み。夜はホテルの近くでシュニッツェルをビールで。

雪の朝。ホーエンザルツブルク城からの眺め

 さらに旅は続くが、お退屈さまなのでこの辺りにしておく。ウィーンからの帰路にはザルツブルクに寄って、雪の朝に高台の城から市街を眺め、ヤドリギとクリスマスの関係について考え、教会でモーツァルトを聞き、と冬の短い一日を過ごした。都合11日に及ぶ旅だったが、どこにいっても博物館巡り。行動パターンは変えようがない。

 今年のアドベントは11月28日から。本当なら心躍るこの時期を、かの地の人々はどのように過ごしているのだろうか。クンツリ氏はご無事だろうか。穏やかに過ごせる日々の早く戻ることを願わずにいられない。



(2021年11月29日)

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