「シジミ」館長のブログ193
- Blue East
- 6 時間前
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図書検索で『しじみからのおくりもの』という本を見つけた。くんか、くんか、何やら真珠の匂いがするぞ。入手したら、これが当り。シジミから出た真珠にまつわる話だった。
小学校6年と3年の姉妹。ふたりの父親は交通事故で亡くなり、母親は心痛と過労で入院中という辛い境遇にある。学校ではそのことで苛めを受けるが、姉妹は助け合って健気に生きようとしている。
ある晩、シジミの味噌汁を食べていた妹が何かを噛み当てた。出してみると小さくて丸い、ほんのり桜色に輝いている珠だった。ふたりが興奮して取り合いしているうちに、その珠は手から落ちてしまい、懸命に探すが見つからなかった。ふたりにとってシジミは家族で房総の海に遊んだ記憶と分かちがたく結びついていて、話は優しかった父親との回想となってゆく。
母親を見舞いにいった病院でシジミの真珠のことを話して、同じ病室の人達を和やかな気持ちにさせた姉妹は、家に帰って真珠探しを続行。すると、未整理の書類の中に父親からの懐かしい手紙を見つける。手紙を読んだふたりは改めて父親の愛情の深さにうたれ、真珠よりも大切なものがここにあるといって、探すのを諦めようと約束する。
このあとふたりは揃って眠りに誘われ、不思議な声と会話を交わして、真珠の由来とその在りかを聞く。そして、見失った真珠を父親の筆箱から探しだす。ふたりが聞いたのは、真珠を取り出したシジミからの感謝のメッセージで、真珠はシジミに刺さったとげが時間をかけて変化したものだった。というわけで、これは小さなシジミが苦しみに耐えて真珠を作り出したことへの賞賛と、それを励みに強く生きようとする姉妹の姿を描いた児童文学でした。真珠を苦しみの末に生み出された宝と捉えた、その意味では王道の設定だが、シジミの真珠とは意表を突かれた思い。
作者は高校の教師をしていた頃、「指先ほどのシジミ貝が身いっぱいに真珠を抱いていた事実」を生徒に語り、それをもとにオペラを発表、その後、小説を執筆したというから、実際にシジミの真珠を得たことがあったのだ。
シジミの真珠に関して、日本貝類学会研究連絡誌「ちりぼたん」第16巻第4号(昭和61年2月)に発表された高橋茂さんの報告によると、群馬県中之条町の養魚池にマシジミが繁殖、12年ぶりに水抜き掃除をしたところ、4センチから6センチ大の貝が約100キロ採取され、報告者はそのうちの200個体を譲り受けて調査、5㎝内外の130個体から17個の天然真珠を得た。真珠の大きさは1.8ミリ~9.8ミリで形は一定せず、色は白、淡紫と様々で光沢の弱いものが多かったという。マシジミは淡水に生息する種類で、貝殻の大きさは3センチほどだから、これは貝自体が異例のサイズといえる。一方、河口や潮の影響する汽水域に生息するヤマトシジミは3センチから5センチ。外面は漆黒の光沢ある黄褐色から黒色で内面は白っぽく、紺色に縁どられる。普通、食用にされるのはこちらのヤマトシジミ。他に琵琶湖の固有種で絶滅が危惧されるセタシジミがあり、内面が赤い「紅貝」と呼ばれるものが珍重されたという(『日本産淡水貝類図鑑』 ピーシーズ 2003年)。
貝殻は貝の体の外套膜という組織の働きで作られる。偶然に貝の体内に入り込んだ外套膜の細胞が袋状の組織となり、その中で外套膜本来の機能を発揮して「球形の貝殻」を形成することがある。つまり、どんな貝でもその貝殻内面に等しい珠を作り出すことができる。カキやアサリは白っぽく、オオアサリと呼ばれるウチムラサキは紫色の珠を作る。
博物館では様々な標本を展示して紹介しているが、シジミの珠は手に入らない。この時期、魚屋の店先に並ぶシジミは寒シジミと呼ばれて、栄養を蓄えて越冬しているので大きくて味わい深く、味噌汁の最初の一口を啜ると、その旨味に思わず「あ~」と声が出る。シジミは赤味噌がよく合う。標本にするのに何か出てこないものかと期待しつつ、いつも身を穿るのだが、未だに得たことはない。真珠層がないから厳密には真珠といえないが、形の良い丸い珠が出てくれば、幸せな気分になるだろう。貝殻の縁にあるような美しい紫色の珠が出てこないものかと、シジミのみそ汁を啜る。
2026年2月8日
松月清郎
写真
①木下宣子作・平島毅絵『しじみからのおくりもの』国土社 2011年
②近くの魚屋で買ったシジミ 何か出るかな?
③美味しくいただきました。でも珠は出なかった
④アサリの白い珠とウチムラサキの珠







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