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「今年の収穫」館長のブログ182

 早くも師走。この一年間に収集した図書のうち、特筆すべき数冊をご紹介しよう。最初に杉林弘仁『日本発グローバル・ラグジュアリー・ブランド 明治~戦前昭和のミキモトのグローバル・マーケティング史』(碩学社/中央経済社 5,800円+税)から。

 著者の杉林さんと面識を得たのはコロナ禍以前のこと。実業の分野で活躍し、神戸大学でブランドのマーケティングを研究する二刀流の人で、御木本真珠店の戦前の海外進出に興味を抱き、博物館を訪ねて来られた。論文執筆のために博物館を訪れる学徒は年に数人程度あって、その多くは社史などの二次資料は閲覧済だから、必要とするのは一次資料ということになる。博物館では日常の業務として、戦前に御木本真珠店の職員が残した書簡の整理解読を進めていたので、マーケティングの専門知識に長けた人材との交流はこちらも得る所が大きい。というわけで、その後、杉林さんは実務と学業の合間を縫って、大阪の自宅から鳥羽へ通うこと30数回に及び、論文をまとめ上げ、みごと博士号を得た。その成果がこの著作である。

 専門書なので、どなたにもお勧めするわけではないが、戦前の商業史に多少なりとも関心を抱く向きには興味深く読めるはずだ。マーケティング、流通経済など専門の用語や難解な理論についても新しく学び直すという意識で読めば、素人にも刺激的で、多くの蒙を啓かれる。

 一次資料の書簡を読み解き、その真意や背景を勘案して時系列に組み立て直し、叙述された努力にはあらためて敬意を表したい。それまで社史などで名前だけが知られて、活動の実態が明らかでなかった人々を蘇らせたという点でも本書刊行の意義は大きい。これはマーケティングの研究書であると同時に、商取引を巡る人々の葛藤を描いた史書であり、人間ドラマともいえる。

 次は、渡部終五・永井清仁・前山薫・木下滋晴編『真珠研究の今を伝える PARTⅡ』 (恒星社厚生閣 4,100円+税)。永井さんは株式会社ミキモトの真珠研究所シニアフェロー、前山さんは御木本製薬の真珠研究推進担当役員で、両氏ともにこの分野で多くの業績を重ねてきた。

 PARTⅡとあるように、2020年に真珠養殖125周年を記念して出版された本の続編である。2023年秋に当館で開催されたシンポジウムの講演をまとめたもので、真珠研究の最先端を知る上で最適の一冊。とはいえ、やはり研究書なので、こちらも精読するには前提となる知識を求められる。序文は比較的平易な言葉で要点を記しているので、まず、こちらを一通り見渡して、興味を覚えた箇所から取りかかろう。ゲノム研究の最新技術、真珠形成の分子メカニズム、色調決定の要因、海洋環境で真珠貝がどのような影響を受けているか、あるいは新型ウイルスの研究などの成果を通じて、今後、真珠養殖を持続可能な産業にするために必要な議論が尽くされている。論文の背後に研究者たちの真珠に憑かれたかのような情熱を感じ、そちらも感慨深い。

 ジュエリーの分野から一冊。山口遼『ジュエリーの真髄 アルビオンアート 至高の名品コレクション』(世界文化社 3,636円+税)を見てみよう。

 世界的なジュエリーの目利きである有川一三さんが収集した名品の美しいビジュアルに、宝飾史研究家の山口遼さんが解説を付けた大判の一冊。有川さんはアルビオンアートの代表取締役で、仕事としてジュエリーを扱うが、その水準が半端ではない。山口さん曰く「途方もない」コレクションで、美術館にあってしかるべきものばかり。それが「個人蔵」とあるから驚く。有川さんのアルビオンアートコレクションは全部で2000点、美術館の展示に応えられる作品は1000点という。個人のコレクションとして世界屈指と山口さんは太鼓判を押す。近年の「宝石展」で実物をご覧の方も多いと思うが、山口さんの解説を得て、今一度の感動を味わおう。巻末にはお二人の対談もあり、こちらも軽妙。

 最後に藤本ひとみ『真珠王の娘』(講談社 2,400円+税)は小説。550ページを越える長編で、10月に出たばかりだ。真珠王は藤堂高清といい、まったくのフィクションである。1944年10月、帝國真珠ロンドン支店の早川薫に英国首相チャーチルから真珠の胸飾りが手渡された。パリ万博にも出品された「ハナグルマ」の修復依頼・・・。という帯の惹句に何か感じるものがある方は、手に取りたくなるだろう。真珠に想を得た作品には、本作以前にもジュブナイル『青い真珠は知っている』と『真珠島の神隠し』の二冊があり、『真珠王の娘』の登場人物にも藤本さん好みのキャラクターが色濃く投影されている。本作を図書館サイトで検索すると、発売と同時に日本全国の図書館に収蔵配架され、予約待ちの館も多々。さすがプロの仕事と、比較にならないが拙書『図書室で真珠採り』(月兎舎 2,000円+税)の淋しい利用状況を見て嘆息ひとつ。こちらもどうぞよろしく。 


2024年12月3日

松月清郎

写真①『日本発グローバル・ラグジュアリー・ブランド』

写真②『真珠研究の今を伝える PARTⅡ』

写真③『ジュエリーの真髄 アルビオンアート 至高の名品コレクション』

写真④『真珠王の娘』

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