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「鳥羽の和菓子」館長のブログ166

 鳥羽市内には以前紹介したことのあるブランカを筆頭として、&Bake、ジュビリー、タルテット、鳥羽国際ホテルのショップなど複数の洋菓子店があるが、和菓子の店は今のところ郊外にある御菓子司梅の家一軒だけ。一方で隣の伊勢市二見町には駅から夫婦岩までの参道に酒素饅頭、赤福、御福餅、くうや茶屋餅に塩羊羹の店が軒を連ねている。城下町だった鳥羽の旧市街地に和菓子の店がないのはどうしてなのだろう。

 先年物故された郷土史研究家の中村真一氏が残した『妙慶川』(平成16年、私家本)という文集には、広島屋、それに武蔵屋という和菓子店のあったことが記されている。広島屋は明治37年に刊行された小冊子「鳥羽みやげ」に、博覧会優等賞牌受領・鳥羽港本町御菓子司と広告があり、昭和50年代までは営業を続けていた。ミキモト真珠島の広報誌「しんじゅ」が第23号(1984年春)で鳥羽の町歩きを特集した時は現存しており、同店を次のように紹介している。「(幸吉の生家のはす向かいの)和菓子屋『広島屋』は幸吉の家がうどん屋を営んでいる頃からの店。先祖が船で広島からやってきたのが屋号の由来とか。ここの和菓子は、おばあさんの素朴な手づくり。黒砂糖と小豆のういろう、紅白まんじゅうなど懐かしい味わいです」。その作り手のおばあさんが亡くなって店じまいしてしまったのか。

 広島屋が製造した三色だんごは日和山だんごとして、大正から昭和に鳥羽の名所だった山上の茶店で供され、大人気だったことが尾田寛光『鳥羽のこぼれ話』(1991年、私家本)に記されている。「ピンポン球をもう一回り小さくした、ピンク、うす緑、白の三色を竹串に通した、ウイロ団子で皿に二本、茶代三銭を含めて一皿十銭で売られていた。この団子は町内の広島屋という製菓店で作られたもの(後略)」。ちなみに収蔵資料の「日和山団子消費数調」という書付によると、昭和6年4月には23,754本を売り上げた記録が見える。花見の時期、賑わいの様子が窺い知れるというものだ。

 武蔵屋は明治末頃に開業、昭和42年に和菓子屋を辞め、ジーンズショップ・ムサシとして転業、現在は新たにレザー工房部門を展開している。武蔵屋の名は『妙慶川』に収められた「明治の旧鳥羽藩主邸の生活」と題した文で見ることができた。筆者の稲垣長賢は明治32(1899)年生まれ。最後の鳥羽藩主だった稲垣長敬の孫にあたる方で、子供の頃の思い出を綴った中に「鳥羽に銘菓あり」として次の記述がある。「私の家では専ら武蔵屋から菓子を買っていたらしい。武蔵屋といえば、まんじゅうという程に、たしかに武蔵屋のまんじゅうは美味かった。それより優れたものに『寒菊』と『如月』という上品な銘菓が武蔵屋で造られていた。両方とも缶入りのものもあって、大変美味しく、優雅な菓子であった。この菓子が何時頃から造られ、又何時頃まであったものかは知らないが、屋号が武蔵屋というところから江戸に関係がありそうで江戸から伝わったものかも知れない」。そして同種の菓子が東京にもあるが武蔵屋のものがおいしかったこと、土産物らしい品がない鳥羽にこの菓子が今もあれば喜ばれるだろう、と続けている。

 その「如月」(きさらぎ)という菓子は伊勢市河崎の古い通りに店を構える1860年創業の菓子司播田屋の定番商品で、伊勢市民にとっては馴染みが深い細長いかたちの焼き菓子。宝暦年間、奥山桃雲なる人物が指導して作り上げたと伝えられる菓子で、一搗きで失敗した餅菓子を二搗きで上手く仕上げたところから二搗きを二月、つまり如月と命名したという由来を持つ。程よい硬さで、噛めば滋味が増してしみじみ旨い。

 「寒菊」は長崎の岩永梅寿軒に伝わる干菓子で、同店のホームページによると寛永年間、明国通商貿易の折に渡来した歴史を持つ銘菓の由。どういうわけで長崎銘菓が鳥羽に伝来したのだろう。初代の武蔵屋主人は岐阜の大垣で菓子の製造を学んでいるので、これらの干菓子も修業時代に伝授されたものか。

 当代武蔵屋さんのご厚意で古いサービスマッチを見せて頂いた。表には蔵元酒まんじゅうとあって、懐古談の通り、まんじゅうが名物だったことがわかる。酒まんじゅうは前述の通り、現在も二見町の表通りに旭屋本家酒素饅頭が盛業中で、薄皮に包まれた粒あんの素朴な味わいが地元民の好むところとなっている。

 武蔵屋には酒まんじゅうと並んで真珠貝のもなかがあったそうで、閉店後は同じ市内の丸万製菓が引き継いだが、それも今は姿を消した。

 人の移り気と商店の盛衰は世の習いなので軽々にはいえないが、鳥羽の旧市街を元気にするのにこうした昔の和菓子事情が何かヒントにならないだろうか。


松月清郎

2023年6月26日


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①②梅の家「しおさい餅」 薄塩味の餅と上品な漉し餡の調和。

③ 播田屋「きさらぎ」 コーヒーとも相性良し。

④ 同店の看板商品「絲印煎餅」。

⑤ 旭屋本家「酒素饅頭」。ほのかに甘酒の香りが漂う。是非とも出来立てを。

⑥ 武蔵屋のサービスマッチ(武蔵屋所蔵)。

⑦ 明治37年発行の「鳥羽みやげ」

⑧ 広島屋の広告。



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