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「瑞鳳扇と軍配扇」館長のブログ176

 4月20日から津市の三重県総合博物館で「パール 海の宝石 神秘の輝き」展が始まった。同博物館開館十周年記念企画の第一弾である。国立西洋美術館、国立歴史民俗博物館ほか国内の博物館が所蔵する、真珠を素材に用いた作品を集めた展覧会だ。当館からも60点ほどのジュエリーを出展している。2020年に東京渋谷の松濤美術館で「真珠 海からの贈りもの」と題した展示があったので、国内では4年ぶりか。

 今回、注目すべき作品は多いが、なかでも宮内庁三の丸尚蔵館に収蔵されている「瑞鳳扇」(前期展示)と徳川美術館の「真珠貝玉箱」(後期展示)は必見ということになるだろうか。順を追って紹介しよう。

 「瑞鳳扇」は展示の実績が少なく、九州国立博物館、京都近代美術館、それに三の丸尚蔵館での時限公開を数えるのみで、そもそも、その存在を知る人も少ないと思われる。瑞鳳、すなわち、めでたいしるしとして出現する鳳凰を両面に表した長柄の団扇形工芸品で、昭和3年、昭和天皇の即位礼に際して三重県から献上された。

 その形状は法隆寺の聖徳太子像、広隆寺の同じく聖徳太子像が手にする団扇がモデル。描かれた鳳凰の姿は正倉院宝物の七絃琴金銀平脱文の模様に似せたという。全長は61センチ。左右30.7センチの扇面は金の枠組みに綴れ織りを張ったもの。一面は紫素地に五彩の雲がたなびく様を背景として、向かい合う鳳凰を金糸で描き出し、背面は空碧色の地色に彩雲の間を飛翔する一対の鳳凰を織り出した。鳳凰の全身には大小合わせて1424個の真珠が縫い付けられている。

 団扇の軸となる柄の上下部は菊と桐の文様を彫刻した金の板で飾られる。ここには492個の真珠が嵌め込まれ、団扇の外周を取り巻く196個の真珠連と合わせて、さながら真珠団扇と呼ぶにふさわしい。

 この当時の三重県知事だった原田維織は鹿児島の出身で、官選知事として昭和3年の2月に赴任、団扇の献上は11月だったので、原田知事の発案とすれば実際の製作期間は一年に満たなかったことになる。知事は地場産業の奨励に熱心だったと伝えられており、その思いが真珠を用いた団扇の制作に繋がったということだろうか。

 その短期間に制作を命じられた御木本幸吉はどのような体制でこの仕事に臨んだのか、デザインを担当した丹羽圭介(1856~1941)は京都府の生まれで、京都商品陳列所の所長を務め、博覧会を中心に活躍した人物だった。また、製図と織りを手がけた山鹿清華(1885~1981)も京都府の出身の染色家で、この当時は帝展の審査員だった。

 金工製作は御木本幸吉と表記されているが、御木本装身具工場の優秀な職人が精魂を込めたことはいうまでもない。この仕事を御木本真珠店が受注したとすれば、後の二人はどのような経緯で選ばれたのか。三者を繋ぐコーディネーターの仕事は真珠店の総支配人だった池田嘉吉か、神戸支店にいた鈴木弥助が受け持ったのだろうか、など色々な事を想像させる。

 「瑞鳳扇」は画像でご紹介できないのが残念だが、会場の近い位置に、御木本真珠店が明治40年に制作、東京勧業博覧会に出品した「軍配扇」が並んで展示されている。豊臣秀吉所用と伝わる団扇をもとに真珠を用いて作られた、御木本の最初の工芸品だ。原型は現在、三の丸尚蔵館に所蔵されている李朝伝来の「真珠付団扇」で、「軍配扇」は両面の意匠をそのまま踏襲している。紋紗の上に金糸で樹木と笹を表し、半円真珠を縫い付けて装飾したところは似通っているが、一方で外周の取り巻きに天然真珠を配してオリジナルとの違いを見せ、真珠の工芸品という点を強調した。当時の記録では真珠は805個、内、天然真珠515個、養殖半円真珠が290個とある。この技術が「瑞鳳扇」にも引き継がれているといって良い。

 「軍配扇」の先端に三つの真珠飾りが輝いている。中央はひときわ大きなアワビ真珠で、当時の記事によれば「稀代の逸品」という。今回の展示には大村藩伝来の「夜光の名珠」が出品されているので同じアワビ真珠の美しさを確認するのも一興かと思える。

 今回、橋本コレクションから真珠の指環が展示されているのも見逃せない。稀代の収集家だった橋本貫志氏(1924~2018)が集めた指環870点は現在、国立西洋美術館に収蔵されているが、そのなかから真珠を用いた作品18点(うち1点はブローチ)を見る事ができる。国立歴史博物館所蔵の星野平次郎櫛・簪コレクションから選ばれた真珠の髪飾りと合わせて、三重県下での初公開だ。

 そして後期に出品される「真珠貝玉箱」は中国南部あるいはタイ方面での作と見られ、金銀の細線を用いて葡萄唐草文を透かしで表した上に鳥獣昆虫を配して、要所に真珠を散りばめた宝石箱だ。真珠の多くは異形で貫通穴があけられている。徳川家康、家光の長女千代姫の遺愛品と伝わり、日本では他に類を見ない、珍しい一品といえる。

 「軍配扇」と「瑞鳳扇」が並んで展示される場面はおそらくこの先にはないと思われる。この機会を逃がさず、ぜひ会場に足をお運びいただくよう、お勧めしておきたい。

 なお、「瑞鳳扇」の展示は5月19日まで。             (松月清郎)


2024年5月3日

1枚目:会場入り口 ウォルファース作のペンダントが誘う

2枚目:当館所蔵の真珠関連図書を展示

3枚目:手前に当館所蔵のアンティーク 右奥は橋本コレクション

4枚目:「軍配扇」の展示 その先に「瑞鳳扇」が…

5枚目:当館からレオナール・フジタ夫人旧蔵の真珠ネックレス。一連と三連の美しいグラデュエーション

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