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幻燈館 館長ブログ142

 江戸時代に東西航路の中継地として栄えた鳥羽は、また行楽の地でもあった。船乗りが出航の日和を見定めた「日和山」は対岸の知多半島から遥か富士の嶺までを視野に収め、国の光を見る「観光」の場として文人墨客をはじめ、多くの旅人が訪れた。鳥羽の自然の美しさは人々を魅了し、感興は数々の紀行文として残されている。その景観を端的に伝えることが可能となったのは明治の後半に登場した絵葉書で、手軽なお土産としてたちまち市中に溢れることになった。それらのいくつかは古書店の片隅や収集家の手許に生き延びて、失われた情景を今日に伝えている。  前置きが長くなったが、今年の企画展は絵葉書による鳥羽の昔の風景をご紹介している。2008年に「絵はがきワンダーランド」というタイトルで取り上げたことがあったが、それは150点以上の実物資料を額やケースに収めた展示だった。ボリュームで圧倒するのも一つの方法だが、一方で個々の画像には豊かな情報が含まれている。それらを楽しむには拡大して要点を指示するのが一番で、今回は展示室に四面のスクリーンを設け、四台のプロジェクターで画像を投影することにした。  鳥羽の名所を「日和山春景」「佐田落雁」「樋の山青嵐」「赤崎帰帆」「錦城夕照」「相島秋月」「岩崎夜雨」「妙慶川暮色」と八景にまとめ、それぞれに応じた絵葉書と写真、パンフレットを素材として画像を構成。スクリーンは2.7m×3.5mあり、拡大だけでも迫力充分だが、ズームアップやワイプなどの技法を加えることで動画のように楽しめる。これはもう、ご来館いただくしかない。  絵葉書のサイズは古いものだと8㎝×13cmほどの大きさしかないが、当時の印刷はコロタイプといって写真ネガを焼き付けて版に使っており、拡大しても解像度はそれほど下がらない。これがガラス原版ネガを透過光撮影したデジタルカメラ画像ではその情報量ははるかに多く、プリントでは見られない細部まで再現できるという。今回の試みはもちろんそういったレベルではないが、拡大によるスペクタクルは楽しんでいただけるはず。

 まず、「待月楼」という旅館の絵葉書。赤崎神社前にあった建物の全景で、その堂々とした姿や周囲の穏やかな佇まいがよくわかる。これを取り込んで拡大すると二階の部屋に和服の女性が数人見えてくる。彼女たちの位置関係は絶妙で、事前に打合せでもしたのかと思えるほどだ。同じ旅館を別の方向から撮った一枚の画面手前に小舟が浮かんでいるが、ここには男性と女性3名が乗り合わせて、釣り糸を垂れているのがわかる。男性は片手に持ったタモアミで釣りあげた獲物を確保したところ。連写など考えられない時代、写真師はどうやってこの一瞬を切り取ったのか。




 「岩崎桟橋通り」の一枚は遠景に真珠ヶ島、手前に桟橋通りの家並を写し取っている。通りの右側に何やら人影が、と見れば白衣のコック姿が皿を片手に客を招く。食堂の人形看板だ。港町の賑わいを彷彿させる昭和レトロ物件を発見。











 「妙慶川雪景色」は城山から樋の山までを収めた写真プリントで、珍しい雪に写真師が出動したものだろうか。二枚続きで残されているのを繋いで加工してみた。城山の下を東西に流れる妙慶川。川沿いの路上に黒い人影があり、慣れない雪に足を取られながら歩いているように見える。左側は城山の下の鳥羽造船所、材木店、旧小学校から先の家並みを描写している。樋の山の山腹には旅館「皆春楼」の全容。画面右上を拡大するとカタカナでヒノヤマと読める。尾田寛光さんの『鳥羽のこぼれ話』によれば、これはツツジの植え込み。五月には赤く色づき、風情を添えたという。今回はこの「妙慶川」に雪を降らせ、着色を施し、良き時代の雰囲気を味わっていただくこととした。鳥羽浦の8枚組パノラマ絵葉書は左側からゆっくりと動かして写真師の視点を再現。全部で62点の画像処理は博物館スタッフのクリス・ダグラス君の仕事である。古い酒を新しい樽に入れるとどんな効果があるか、篤とご覧あれ。収蔵庫に蓄積する絵葉書や古い写真を活用するデジタル・アーカイブとして今後も活用したいと考えている。

(2021年6月30日)

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