令和5年度企画展の「地球儀と夢殿」は多くの来館者の眼を惹きつけているようだ。開幕して一年。改めて実感したのは、二階展示室で常設していた大型工芸品の魅力を充分にご堪能いただくにはこれだけの場所と解説が必要、ということだった。考えてみれば、二階展示室の狭い場所に置くのに無理があったのだ。というわけで、本来なら閉幕時期を過ぎているのだが、当面、現状のまま展示を続けることにした。
毎年行ってきた企画展の開催は、本年度は見送り。新収集品として公開を予定していた作品は順次、常設で展示して行きたいと考えている。
まず、昭和初期の作と思われる御木本真珠店製の髪飾りをご紹介しよう。
左右に広がる様式化された植物文様の髪飾り。共箱に入った18金製で、長さは130ミリ。やや変形した小粒の真珠を蕾に見立てている。真珠は2.5ミリから3.5ミリまで31個を数える。ミルグレイン、魚々子、腰張など、御木本の金細工技法を遺憾なく発揮した作品。状態は極めて良く、ほぼ一世紀経過しても往時の輝きを失わない。本品はすでに二階「養殖真珠の時代」の部屋に展示している。
同じく御木本真珠店製で「波模様」と名付けたくなる15金の帯留は、5ミリの半円真珠と小粒のケシ真珠をあしらい、波間の水しぶきを表したもの。このように水の動きを主題にしたデザインは夏向きの図案として好まれたようだ。共箱内側にある「東京 大阪」の表記から大正初期の作かと推定される。刺繍を施した若草色の紐が備わる。
表情豊かな変形真珠(8ミリ×7ミリ×5ミリ)を白金で爪留めした帯留は江戸時代の袋物商の流れを汲む銀座丸嘉(明治21年創業)の品で、共箱外観と同様の海老茶色の紐が付く。真珠の輝きは重みがあり、結晶のマキの厚さを思わせる。あるいはシロチョウガイの真珠かとも思えるが未分析。
薔薇の花を彫刻した珊瑚の帯留には5.5ミリの真円真珠が一個あしらわれている。裏は金台で、付属する留め金具の刻印から御木本真珠店の18金製とわかるが、鼈甲の細工と同様、御木本が珊瑚彫刻を手がけていたかどうかは不明で、外注の可能性も捨てきれない。
菊の花を主題にしたブローチ。裏側の刻印で御木本真珠店製とわかるが、表の白、裏の金共に金性は不明。6.5ミリの真珠と3.5ミリの真珠をそれぞれ花の中央に置き、大きな方は透かしで、小さな方の花びらにはダイヤモンドを嵌入した。虫の喰った葉の表現など細部の金細工技法が面白い。
それからジュエリーではないが、シロチョウガイを用いた細工品が手に入ったのでご案内する。
まず祈祷書『聖務日課』(OFICIO DIVINO)。三方を金で飾った書物の本体を表裏共に厚いシロチョウガイの貝殻で覆ったもの。表の彫刻はふたりの少年を前にして、聖者が左手中指を立てている。右手の人差し指と中指を立てて重ねるなら「サルバトール・ムンディ」すなわち世界救済者としてのイエスのポーズだが、こちらは違うようだ。背景にはアモルとかプッティと呼ばれる、天使とエンゼルの習合した、羽根の生えた子供の頭部が二体浮かんでいる。いずれ聖書の一場面か、何かの寓意が込められたものと思われる。
同様にシロチョウガイに装飾を施したミサ典礼書(LA SANTA MISA)。天使と女性が彫刻されている。咄嗟に連想するのは大天使ガブリエルと聖母マリアの「受胎告知」の場面だが、根拠に乏しい。いずれも留め金具など欠損はあるものの、貝彫刻の出来栄えを楽しむには充分といえる。
他にキリストを描いた貝の壁掛け、近現代のバニティー・ケースなど貝を用いた美しい細工品があり、これらは順次、展示したいと考えている。展示室に大きな変化はないが、所々新しい作品と入れ替えるので、お目に留まれば幸いです。
2024年6月2日 松月清郎
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